小説 「母には勝てぬ」
第一章:口喧嘩はスポーツではありません
「は? あんた、昨日そう言ったじゃない!」
母が振り返りざまに放ったその一言で、私はカチンと来た。なぜなら、それは事実と100%真逆だったからだ。
「いやいや、言ってないよ!? むしろ『やらなくていい』って言ったじゃん?」
すると母はふんっと鼻で笑う。
「言った覚えはない。っていうか、あんたの聞き間違いでしょ。そもそも、私がそんなこと言うわけないわよ?」
ほら、出た。記憶改ざん魔女・母の十八番(おはこ)である。
もはや母の脳内では、昨日の出来事が書き換えられていて、「娘が勝手に勘違いして暴走した」という筋書きが完成しているらしい。
「じゃあ、昨日のLINE見せるね」
スマホを出そうとした瞬間、
「はいはい、もういいから。今更そんなの出しても意味ないわよ」
うおぉぉぉぉぉぉ!!
完全論破の回避スキルLv99。証拠を出そうとしたら「もういい」って言い出すの、どういうルール!?こっちは法廷か!?
第二章:全日本・話を聞かない選手権 優勝者
「だから、私はそういうつもりじゃなかったの! 最初からちゃんと、あんたのこと考えてたのよ!」
「いや、最初の発言が『アンタなんてどうでもいいわよ』だったけど!?」
「それは言葉のアヤよ。なんでも文字通り受け取らないでくれる?」
おまえが言うな!
話が通じない。会話という名のキャッチボールではない。母との会話は、私が投げた球が宇宙の果てまで飛ばされ、隕石となって私に落ちてくる現象である。
第三章:議論しようとする私がバカだった
友人に相談したら、「それ、話し合いが足りてないんじゃない?」と言われた。
違うのだ。話し合いができる前提の生き物ではないのだ、母は。
母に「ちょっと落ち着いて話そう」と言おうものなら、
「何? どうせまた私が悪いって言いたいんでしょ? はいはい、悪いのは全部私ね! いいわよ、もう全部あんたの言う通りにしなさいよ!」
出たよ、被害者ぶり劇場。しかも観客ゼロなのに1人で主役と監督と脚本家を担当。
第四章:自己中界のラスボス
「私が病気になっても、あんたは来てくれないかもしれないけど、私なら行くわよ」
「いや、来るなら普通に嬉しいけど…なんでそういう極端な話にすんの」
「だってあんたって、自分のことばっかりじゃない?」
…は??
それ、今週4回ブチギレた人のセリフ!?
第五章:癒しの時間
もう無理。ほんと無理。疲れた。人の話を聞かないし、記憶は捏造するし、常に自分の都合が最優先。たまに「誰も私のことをわかってくれない」とか言いながら、話しかけてきたりするし。
私はついに決意した。
母から距離を置く。
でも、完全に縁は切れない。だから私は、YouTubeで「ヒーリングBGM」「海の音」「チベットの鐘」とかを検索して、寝る前に再生するようになった。
ヘッドフォンをつけて、目を閉じると、優しい波の音。
「ザザーン…ザザーン…」
あぁ、心が洗われる。母の声が遠くなる…。
「それでね、あんた、あの時も私にひどいこと言ったのよ!」
!!!
ヘッドフォンの外から現実の波が押し寄せてきた。
私は動画の音量を上げた。チベットの鐘が鳴り響く。
「ゴォォォォォォォン……(逃げろおおおおおおお)」
結論
母には勝てない。でも私は今日も、ヒーリング動画と共に生存をかけた精神修行を続けている。